「まんがタイムきららCarat」6月号

かみさまのいうとおり!」(湖西晶

鼻血ネタとかの扱い方の、自分のぼんやりと考えているところへの接近というのは、なんかこう逆に不気味なものを感じてしまうのですが、というか他にも可能性はあるんじゃないのかなとか心配になるのですが、一応そういうことを言った身としては、まあ、その。

「火星ロボ大決戦!」(なかま亜咲

アデリーについて読者との間に合意が得られていないのが問題では。

「パペット☆ネイバーズ」(海産物)

絵柄は結構理屈のある感じで、悪くないよね。
サボテンと比べればワンアイデア以上のものが難しそう度は低そうです。というのも、お姉さんが居るからです。家族や小学校というものを閉鎖的な存在として描くと、萌え4コマの「自由」という力は発揮されなくなるのですが。お姉さんと2人の子供の関係は、そうではない、というか、まさに萌え4コマ的な「自由」そのものです。
かおるちゃんに親が居るのは中期的に見れば問題になってきそうな気がするなぁ、というのが第一感だったのですが、大体そういう感じかな。

補足:自由に鍵括弧をつけたのは、ある程度はそこらへんの概念をニュートラルに扱っておくべきな気がしますよ、ということです。完全にそれで正しい、とまでは僕には言い切れません。

「ハッピーとれいるず」(荒井チェリー

ここで終了するのはキャラ的な意味で勿体無さすぎる、と、しかしまたクロスオヴァるんですかね。まあ、それにしても勿体無い。
「でしょう?」「はい」「は……初仕事……」「変化の術かと思った!!」「こっこれがウワサの山田さん!?」「一芽はその上をいってるぞ!!」、そしてラストで「ヒマなの?」「ですかね」。あまりにエンディング的なものを進める手つきがこなれている。そういえば女性作家でしたね。そういう系統のウェブコミってありますよね。
すばらしい。

はるみねーしょん」(大沖

「とうふに棒を刺す占い」は素直にやってみたい。
ツッコミが悪い方向に作用している、という気はしなくもない。

まじん☆プラナ」(nino)

経済学を持ち出すまでもなく(というか僕は経済学を何も知らないのですが)所有という概念やお金というのは非常に複雑怪奇なもので、その一例として、河原君を観察すると色々と知見が得られそうな感じはします。

「空の下屋根の中」(双見酔

任意たん萌え4コマというラインがまたも。いや、才能にあふれる人々がその才能を発揮できる場所を与えられるというのはすばらしいことで、歓迎すべきことではあります。もっとやれー。でも、すか、saxyunに加えてこの人までニートをテーマにするのは何なんだろうか(正確に言えば「ゆるめいつ」はニートではないが、まあ似たようなものというか一番酷いし)。
内容はといえば、病的なまでの清潔感で、かつニートをストレートに描く、という欺瞞が、極めてすばらしいです。マジで。百合的にはどう読めばいいのかといえば明らかで、同級生のヒモとして生活するルートですね。
へっぽこくんあたりとの間にラインを見出すことも出来るかもしれない。絵柄もですけど、「こねロス」におけるネトゲの捉え方とか、そこらへんがなんとも近い(この人もROの人だったりですよね、アンソロは読んでませんが)。
とだけ書いても何のことか分からないと思うので、当時付けていた個人的な覚書から「こねロス」についての感想を引用してみる。

ネットゲームを百合向き(んー、萌え向き、と言った方がいいかな。微妙)に再解釈している。この腕前が自然ですばらしい。
きららに掲載される多くの萌え4コマでは、PC・ネット関係のものを廃人的に再解釈している(恐らく、これはきららの多くの作者が同人・webcomic出身であることが大きい)。漫画をコントロールする、という側面においては、この解釈は非常に便利だと思う。しかし、萌え的には(=百合的には)嫌な感じにすさんでいる気がしなくもない。
「ゲーム内のキャラクタを演じている自分を、俯瞰している自分が居る」、という感覚がすさむ原因かな。いつも思うのだが、何よりも重要なのはロールプレイが樂しいということで、寝不足だよあははーとかはどうでもいいことに分類されるはずだろう。
さらにいえば、悪い子が更正する話ではないところがすばらしい。悪い子は駄目だが、悪い子が更正するのはもっと駄目じゃないだろうか。

そういうこと。
それにしても、「あれ以外の何か with "任意"」という言葉の、想像を喚起させる度合いは凄いと思いませんか。これぞ少女、って感じです(と前回の話に繋いでみる)。

「Cherry☆Berry」(やまぶき綾)

やまぶき綾超支援。

キルミーベイベー」(カヅホ)

今まで感想書かなかったけれども、まあ第1回から自明に分かるであろうこととして、人を殺す、ということの重々しさは、どう考えても出てきますよね。だから、やすなの舐め切った態度を中心として話が動く。それが面白いので、まあ、よいことです。
おっぱいに物が挟まらなくなった「はずむ! おじょうさま」とか、最近そういう方針展開を堂々とやるようになりましたよね。根本的な問題で上手く行かない作品が沢山あった数年前のきららから、教訓を得たのかもしれない。